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マリアニストの精神

マリアニストの祈り

  
祈ることは人間の特徴であるといわれます。そして、あらゆる宗教にとって“祈り”は本質的なものです。キリスト教において祈りの定義は種々ありますが、その中でも、「神との対話」という定義は昔から一般的に用いられてきました。
“対話”としての祈りは、神様と私たち人間との間に、相互に「話す」ことと「聞く」ことという関係を想定しています。一方では人間が神様に語りかけ、他方では神様が語られることに耳を傾けるということが「対話としての祈り」と考えられています。
つまり、祈りという行為には、「私たちのこころを神様に語る」ことと、「神様のこころを聴く」という二つの側面があります。

「神様への語りかけ」としての祈りには次の四つの要素があります。

@ 懇願の祈り
  (おねがいします)
多くの日本人にとって、祈りは自分にとって必要なものを願うことと考えられているようですが、キリスト者にとっても、自分の願いを神様に捧げることは祈りの本質的な要素です。

A 感謝の祈り
  (ありがとう)
私たちは毎日の生活の中で、多くの感謝することに気づき、又出会います。それらのことを神様の恵みとして感謝します。

B 賛美の祈り
  (いいなー)
私たちの周りには、真なるもの(こと)、善なるもの(こと)、美なるもの(こと)があります。それらに触れたとき、わたしたちのこころは感動し、それらの根源である神様を賛美します。

C 謝罪の祈り
  (ごめんなさい)
私たちはよく間違いを犯します。しかし、それを素直に認め赦しを願うとき、すばらしい祈りとなります。この祈りは、「赦しの恵み」がいつも私たちに差しだされているという信仰によって、希望へとつながっています。

「神様の語りかけを聴く」ということも、祈りの大切な一面です。自分の方から特に神様に語ることがない時、沈黙のうちにこころを沈め、想いめぐらすと、過去や現在の体験・社会の出来事・人間関係・こころをゆさぶった出来事などを通して神様の語りかけに気づくようになります。このような祈りによって、私たちは自分の歩むべき道を見いだし、自分の人生を深く生きるようになります。

バチカン公会議は、マリアは最初の、また、模範的な信者であった、と述べています。マリアは、マリアニストにとって、特に二つの点で祈りの模範です。まず第一は彼女の手本です。「マリアはこれらのことを心に納めておられた」と福音書は教えています。このことは、何事も彼女の生活に起こったことは、単にそれをそのまま生きていくということではなく、これを熟考し、反省し、考え、常に心の内に留めていたということです。そして、彼女はそれらのことをこころで受けとめ、宝のように大切にしていました。神のみ旨が明らかになるまでは、それを聖なるものとして大切にこころの内にしまっておかれたことを意味します。第二の点は、マリアほどキリストと結びついて神の計画に参与しておられた方はいないので、もし私たちがキリストの精神をもち、キリストのようになりたいならば、マリアが理解しておられたようにキリストを理解するように努めるべきだ、ということです。この点をシャミナード師は強調しました。ここにマリアニストの祈りの特徴があります。

最後に、マリアニストに特有な祈りである「マリアへの奉献の祈り」、「三時の祈り」について簡単にふれておきます。マリアニストは、マリアニスト家族の中で理解され、生きられている「マリへの奉献=マリアとの契約」を新たにし、その精神を生きいきと保つために、毎日、この二つの祈りを唱える伝統があります。この二つの祈りの中に、マリアニストの精神が要約されているからです。

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