マリアニストの聖人たち
Marianist Saints


マドリードのマリアニスト殉教者 

ミゲル・ガライ/ホアキン・サラザール/
サビノ・エラステイ
フロレンシオ・アルナイス
今回も、1936年から1939年にかけてスペインで起こった内戦での宗教迫害で殉教し、教皇ベネディクト16世によって2007年10月28日に列福された4人のマリアニスト修道者をご紹介します。

スペインでの迫害(1936-1939)が始まって数ヶ月以内に、4名のマリアニスト修道者が革命軍によりマドリードで銃殺されました。
ミゲル・レイバール・ガライ神父は1936年7月28日に逮捕、銃殺され、ホアキン・オチョア・サラザール、サビノ・アヤストゥイ・エラステイ、フロレンシオ・アルナイス・セフードの3名の兄弟は同年9月14日、4名のドミニコ会修道者とともに殉教を遂げました。
ミゲル・レイバール・ガライは1885年2月17日 スペインのサルガライ・アオサラサに生まれました。
1903年にマリア会の誓願者となり、1915年スイスのフリブールで司祭に叙階されました。同師はスペインの幾つものマリアニストの学校で教鞭をとり、へレス・デ・ラ・フロンテーラとサン・セバスチャンでは学校長、カディスとマドリードでは学校付き司祭を勤めました。
市民戦争が起こって迫害が始まると、師はマドリードに隠れた修道者たちのリーダーとなりましたが、1936年7月28日に逮捕され、革命軍により銃殺されました。

ミゲル・ガライ


ホアキン・サラザール

ホアキン・オチョア・サラザールは1910年4月16日バルデゴビア(スペイン)で生まれました。
マリア会での初誓願は1928年です。大学を卒業した後、彼はエスコリアサとマドリードの学校で教鞭をとりました。
軍隊の蜂起とこれに続く1936年の革命の際、彼は友人の家族の家に避難しました。しかし、彼は逮捕され、翌日、9月14日、マリアニストのサビノ・アヤストゥイ、フロレンシオ・アルナイス、それに2名のドミニコ会修道者とともに銃殺されました。

サビノ・アヤストゥイ・エラステイは1911年12月29日、アオサラサ(スペイン)のオタラ・セライで生まれました。
マリア会での初誓願は1928年です。サン・セバスチャン、エスコリアサ、マドリードの学校で教鞭をとっています。
市民戦争の勃発と宗教迫害の開始とともに、彼は受け入れてくれた家族に避難しましたが、捕らえられ、ホアキン・オチョア、フロレンシオ・アルナイス、それに2名のドミニコ会修道者とともに銃殺されました。


サビノ・エラステイ


フロレンシオ・セフード

フロレンシオ・アルナイス・セフードは1909年5月10日、セラート(スペイン)のエスピノサで生まれました。
マリア会での初誓願は1926年です。大学を卒業した後、へレス・デ・ラ・フロンテーラとマドリードのマリアニストの学校で教鞭をとりました。
市民戦争の勃発とともに、彼は自分を受け入れてくれた家族の家に避難しましたが、信仰を憎悪する者たちによりサビノ・アヤストゥイ・エラステイ、ホアキン・オチョア、それに2名のドミニコ会修道者とともに殺害されました。
完   
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