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第89号 2008年1月6日発行

われわれと共におられる神  マリア会司祭 冨木正博
  

1月13日の主日(主の洗礼の祝日)をもって降誕節が終わります。この間私たちは数多くのメッセージを神様から頂きました。その中の一つを考えてみたいと思います。使徒マタイはイザヤ預言者に倣ってマリアからお生まれになったお方をインマヌエルと呼んでいます。そして「神はわれわれと共におられる」と解説しています。

神についてのイメージの違いによっていろいろな宗教が現れましたが、同じ宗教を奉じながらも人によってどこか違うと感じることも少なくありません。律法を完全に守ることのできない人々を罪びととして見下していた律法学者やファリザイ派の人々の態度と、神の愛の絶大さとそれに対する信仰の必要を説かれたイエスの態度には、大きな隔たりがあります。イエスが私たちに示してくださった神のお姿がまさに「われわれと共におられる神」のお姿でした。慰め、励まし、戒め、教え、強め、そして先頭に立って導くお姿、それこそイエスのご生涯を通して示された神のお姿です。

私たちキリスト者はキリストと一致してその生き方を私たちのものとすることを誓いました。その表現が「人々と共にいる」と言うことではないでしょうか。

私は何度かマリア会の国際会議に参加しました。その折、総本部や宣教師を派遣していた管区に対して日本にも宣教師を派遣してくださいとしばしばお願いしました。
そのとき次の言葉を加えていました。「教えるためではなく、一緒に生活するために。」私たちはまだ沢山の事柄をキリスト教の先輩国から学ばなければならないと感じています。ですから教えてもらいたくない、と言うのではありません。ただ宣教師とは教える前に、共に生きる人であると言いたかったのです。

教える能力もない、何も役に立つ才能を持っていない、邪魔にしかならない。そのような私が宣教師になるなんてとんでもない。これが多くの人が考えることではないでしょうか。私は神様のお考えは違うと思っています。全人類の救い主、贖い主がこの世に遣わされたとき、人の手を借りなければ何もできない弱いものとしてお出でになりました。そしてこの弱いものを守ろうとする人たちに特別のお恵みをお与えになります。

人の助けの必要を自覚する宣教師は、そのことによって自己を浄化し、自分の存在によって人々を福音化するといえます。弱い宣教師を受け入れることは福音的行為と考えても良いと私は思います。

イエスのご誕生が私たちに、人と共にあることがどれほど難しくとも、自己と他者の福音化のために絶対に必要であることを悟らせてくださるよう祈りたいと思います。



■4名のマリア会員の列福(その2)  マリア会司祭 清水一男
  

今回、4名の殉教者について簡単に紹介します。

ミゲル・レイバール・ガレイ神父は1885年2月17日、スペインのサルガライ・アオサラサに生まれた。1903年初誓願宣立、1915年叙階。多くのマリア会学校で教師、校長、チャプレンを勤めた。市民戦争が始まり迫害が始まると、師はマドリッドに隠れた修道者たちのリーダーとなったが、1936年7月28日に逮捕され、革命軍によって銃殺された。(51歳)

ホアキン・オチョア・サラザール修道士は1910年4月6日、バルデゴビアで生まれた。1928年初誓願宣立。大学卒業後、二つのマリア会学校で教鞭をとった。軍隊の蜂起とこれに続く1936年の革命の際、友人の家族の家に避難したが逮捕され、その翌日の9月14日、今回列福された二人のマリア会修道士や二人のドミニコ会修道士と共に銃殺された。(26歳)


サビノ・アヤストゥイ・エラステイ修道士
は1911年12月29日、オタラ・セライで生まれた。1928年初誓願宣立。三つのマリア会学校で教鞭をとった。市民戦争の勃発と宗教迫害の開始と共に、受け入れてくれた家族の下に避難したが、捕らえられ、銃殺された。(25歳)

フロレンシオ・アルナイス・セフード修道士は1909年5月10日、セラートのエスピノサに生まれた。1926年初誓願宣立後、マリア会学校で教鞭をとった。宗教迫害の開始と共に、家族の家に避難したが、信仰を憎悪するものたちにより捕らえられ、銃殺された。(27歳)



列福式参列の感想  マリア会修道士 田上保幸
  

2007年10月28日((月)、バチカンにおいて、スペイン内乱(1936〜1939)の折に殉教した496人が福者の位に上げられました。その中に4名のマリア会員、ミゲル・レイバール神父、サビーノ・アヤストウイ修道士、ホアン・オチョア修道士、フロレンシオ・アルナイス修道士が含まれていました。

この列福式にマリア会全体が参加するようにするため、総本部は各地域(ゾーン)、各管区、地区などの代表者を招待しました。日本からは田上が出席しました。また、スペインからは特に多数のSM、FMI、MLCのメンバーが参加し、フランスからはAM(アリアンス・マリアル)の会員も参列、マリアニスト家族全体が共に祈り、感謝し、喜びを分かち合う式典となりました。

10月27日の前夜祭は城外の聖パウロ・バジリカで、10月28日の列福式は聖ペトロ大聖堂前の広場で、29日の感謝ミサは聖ペトロ大聖堂の中で、それもシスティナ礼拝堂付聖歌隊のコーラス付きで、荘厳かつ盛大に挙行されました。

私的な感想になりますが、MLC、AM、FMI、SMの各枝からなるマリアニスト家族が、その一致を益々強めていることを感じました。大混雑の中でお互いにマリアニストを探し、「マリアニストです」と親しく挨拶を交わす光景を、沢山見ることができました。また、マリア会総本部には、アフリカからのMLCの女性やAMの会長も宿泊し、式典参加だけでなく、日常のミサや食事なども共にしました。
総本部の指導力、歓待、奉仕が、今回の慶事をみごとに結実させたと思いました。



■マリアへの奉献(6)  マリア会司祭 冨来正博
  

イエスのお言葉によって私たちは、水と霊とによって生まれなければ神の国に入ることはできないことを知らされました。洗礼は私たちを聖化し再生させます。「しかし神は人々を個別的に、全く相互の連絡なしに聖とされ救われることではなく、かれらを真理に基づいて神を認め忠実に神に仕える一つの民として確立することをよしとされ」(教会憲章9)ました。キリストはご自分の御血によって新しい契約を制定され、肉によってではなく(すなわち旧約のユダヤのように一民族だけが神の民になるのではなく)、ユダヤ人と異邦人(すなわち全人類の中から)霊において一つに結ばれる民を招集されました(教会憲章9参照)。

自分では信仰の表明ができない幼児たちに洗礼を授ける根拠は、この幼児がキリストによって招集された新しい民と強く結ばれる可能性を見るからです。「教会の信仰において洗礼を授ける」と表現されますが、教会の信仰の中で育成される可能性のない幼児には洗礼を授けることはいたしません。したがって幼児に対する神の民の責任は重大です。幼児に代わって洗礼の約束の実践を誓ったのですから。子供に対する信仰教育の大切さがここにあります。

さて洗礼におけるこの奉献が何ものにも勝ったもっとも基本的な奉献であると言うことについて私たちはどの程度自覚しているのでしょうか。世には修道誓願宣立50年記念とか叙階50年記念が報じられます。しかし受洗50年記念ということはあまり聞いたことがありません。私たちの中に修道生活の奉献や司祭の生活の方が洗礼の奉献よりも優れたものであると言う思いがありはしないでしょうか。近世の霊性の大家ベリュル枢機卿は、洗礼の約束はもっとも重要なもっとも優れた荘厳誓願のようなものであって、すべての修道誓願はそれよりも後世のものであり、洗礼の奉献に対して下位のものである、と述べています。



第2回北東アジアマリアニスト家族評議会≪NEACFM≫を終えて
汚れなきマリア修道会 伊藤昌子   
  

11月23日(金)から25日(日)まで第二回北東アジアマリアニスト家族評議会が東京で開催されました。その設立の経緯や目的などについては清水地区長様が前号で述べておられますので省略し、私は今回の集まりの報告を簡単にさせていただきます。韓国からの参加者は4つの各枝の評議員とMLCはオブザーバーも数名加わり総勢16名で、日本からは10〜13名参加しました。

1回目の会議は23日午後4時からシャミナードで行われ、日韓マリアニスト家族の各枝毎に共同体と使徒活動などの紹介がなされました。

24日午前中は汚れなきマリア修道会の主な使徒活動の場である晃華学園を見学し、マリアンハウスで昼食をとった後カテドラルに行きました。ルルドの聖母の前で韓人教会のシスターから韓人教会の歴史や現況などを話していただいた後、アジアの教会及びマリアニスト家族の発展のために、各国語で一連ずつロザリオの祈りを捧げました。
日本の文化の一端に触れていただくため、次は浅草へ。韓国の方々にとっては唯一のショッピングの出来る自由時間でしたが、週末ともあってものすごい人出の中を浅草寺から雷門までの仲見世を人の流れに押されながら1時間過ごし、再びバスに乗って皇居に向かいました。二重橋付近を歩いているとき、オフィス街のビルの谷間から見えた大きな夕陽とその夜のすばらしい満月の美しさが印象に残っています。 (次号につづく)



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