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◎ お告げのマリア

◎ マグニフィカトのマリア

◎ カナのマリア

◎ 十字架の下のマリア

◎ 神の母、聖マリア

◎ キリスト者一致とマリア

◎ イスラームとマリア

◎ マリアと教会の秘義



MARIA

■ マリアと教会の秘義

  
私たちは「カトリック教会」と言うとまず何を思い浮かべるでしょう。
自分が通っている教会を思い起こす人もいるでしょう。あるいは少し大きな目で見て、教皇を指導者とする世界的な組織というふうに考える人もいるかもしれません。
実際、私たちが「教会」と呼ぶのは、まず何よりも自分の小教区であったり、組織としての教会だったりします。

しかし、そういう側面だけに注目すると、私たちは教会の本当の姿を見失ってしまいがちです。
なぜなら教会はただ単に信者の集まりではなく、また聖職位階の組織に尽きるのでもないからです。教会の真の性質を理解するために、私たちはここでマリアに目を向けてみましょう。

ヨハネ・パウロ2世は「教会にはペトロ的な側面とマリア的な側面がある」と教えています。
ペトロ的な側面とは、ペトロの後継者であるローマ教皇に代表されるような使徒職的な側面、つまり教会がその使命を果たすために与えられた機構、目に見える組織という側面です。私たちが普段経験し、また思い浮かべるのはこの側面だと言えます。
一方のマリア的な側面とは、マリアにおいて(使徒たちにさえ先駆けて)表されていた聖性という側面で、これはマリアを通して示された教会の性質であるとともに、キリスト者がそれに向かって歩む理想でもあります。

マリアに関する古くからの教えに、「マリアは教会のかたどりである」というものがあります。
言い換えれば、教会とはマリアのようなものだということです。
このことは特に母性について言うことが出来ます。つまり、母であるマリアが信仰によって神の御言葉を受け入れ、聖霊によって懐胎し、御子イエスを生み、育んだように、母なる教会も信仰によって神の御言葉を受け入れ、聖霊(洗礼)によって懐胎した(イエスの兄弟である)キリスト者を新しい生命に生み、育むからです。
もっと神秘的な言葉で言えば、母なる教会は、聖霊によって御子イエスをキリスト者一人一人の中に生み、育てることによって、キリスト者自身を逆に「キリストの体」の中に、そして永遠の生命の中に生み、育てるのです。私たちはこうした教会の母性的な働きによって御子の背丈にまで成長します。

これを単に「教会に関する神学的説明」として聞き過ごしてはいけません。
なぜなら、教会とは、他でもない私たち一人一人のことだからです。つまり私たちは母なる教会によって育まれるのみならず、教会のそのような母性的な働きに参与することを求められているのです。
この意味から、マリアの模範というものも、新鮮な意味を帯びてくるでしょう。私たちはマリアによって養われるのみならず、マリアのように養うものにもならなければならないのです。

「そんなことができるだろうか」と思われるでしょうか。
しかしそれこそが、天使ガブリエルを前にしたマリアの戸惑いそのものではなかったでしょうか。
偉大なわざは、私たちによってではなく、聖霊によって行われるのです。
私たちは野心を抱くのではなく、また逃げ腰になるのでもなく、ただ、神に「フィアット(そうなりますように)」と言うことを求められています。

このようなマリア的な観点から、教会の、そして私たちキリスト者の、秘義について黙想してみてはいかがでしょうか。
 <K.S.> 
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