◎ なぜ マリア?

◎ お告げのマリア

◎ マグニフィカトのマリア

◎ カナのマリア

◎ 十字架の下のマリア

◎ 神の母、聖マリア

◎ キリスト者一致とマリア

◎ イスラームとマリア

◎ マリアと教会の秘義



MARIA

■ 神の母、聖マリア

  
「神の母、聖マリア」。これは、キリスト教会が始まって以来、最初にマリアに与えた称号だ。
それは、まだ、宗教改革によってプロテスタントが分派するよりもずーっと昔のこと。
すでに、4世紀の初めには、マリアは「神の母」と呼ばれていた。
ユースタジオ(326年)も、ニッサのグレゴリオ(394年)も、マリアを神の母と呼んでいる。

しかし、神学的な論争がなかったわけではない。
それは、キリストを神と見るか人と見るかの問題にかかわってくる。
肉体を神からおよそかけ離れた悪とみなし、知識のみを通じて肉体からの救いを求めるグノーシス派、キリストは神であってその身体は外見のみであったと考えるドチェティズム、キリストの身体はこの世を超越した天的なもので、キリストはマリアの胎内を素通りしてこの世に現れたと考えるバレンティヌス、いや、キリストはこの世に来たとき、すでに成長した男性であったと考えるマルキオン。
これらの人たちは、マリアの母性を素直に認めることは出来なかった。

とりわけ、コンスタンチノープルの司教ネストリウスは、マリアをキリストの母とは呼んでも神の母とは呼んではならないと主張した。しかし、その時、教会は伝統的な神学に基づいて、マリアを「神の母」と宣言した。431年のエフェゾでの公会議の時である。

イエスはマリアから生まれたから神であるのではない。
マリアが神の母であると言われるのは、永遠の神のおん子イエスが、マリアから生まれることによってマリアと同じ人間性をとられたからである。
マリアは神であるおん子に人間性を与えた母親なのだ。

だからマリアなくして神人イエス・キリストは存在しない。

これが、マリア信心の最も基本的な理由である。

もし、マリアが永遠に存在する神のおん子キリストの母親であるならば、マリアはその存在の最初の瞬間から、すでに神の母として選ばれた者であったに違いない。
マリアは、その存在の最初の瞬間から汚れを知らなかった。お告げのマリアを思い出す。

すべての恵みはイエスから与えられるもの。もし、そうだとするならば、すべての恵みの与え主の母親の取りなす力は大きい。カナのマリアの姿である。

イエス・キリストは人びとを救った救い主である。そして、もし、そのキリストがマリアから生まれたとするならば、マリアは贖い主の母親でもあると言える。
十字架の下にたたずむマリアは、まさにその母親の姿を象徴している。

  Sancta Maria, Mater Dei, ora pro nobis peccatoribus.
  神のおん母聖マリア、罪びとなる私たちのために祈り給え、アーメン。
 <朝山宗路> 
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