◎ マリアニストの十字架
◎ マリアニストという呼称
◎ 私たちの家族
◎ 創立者の夢

◎ 柱の聖母













マリアニスト家族
  


■ 創立者の夢

 


マリアニスト家族の創立者シャミナード神父は、フランス革命をはさんだ時代に宣教に従事しましたが、その宣教方法は革命前と後では大きく転換しています。

サラゴサでの亡命の3年間、柱の聖母の下で過ごした祈りと黙想、亡命司祭たちとの交流の日々を通して受けた光と確信は、やがて師の内で使命感となって成長していきました。

亡命から戻ると師は先ずローマ聖座から“使徒的宣教師”の称号を得て、小教区の枠にとらわれることのない開かれた宣教、革命前の旧制度から脱皮した新しい創造的な宣教を展開することになります。

師は、初代のエルサレム教会共同体のようにマリアの下に集う一つの家庭のような、すべてを共有し、分かち合うことのできる宣教共同体作りに着手します。
この共同体は多様な人びとやグループで構成されました。
先ず男子青年グループを皮切りに、女子青年、成人信徒、在俗奉献生活者、司祭、修道者・・・と、年齢、性別、生活条件の異なる人びとを迎えながら、しかも彼らが皆一つの心、一つの魂で生きることを願いました。

現在、世界に広がるマリアニストは信徒共同体、在俗会、男女修道会から成っていますが、これらは皆一つの家族として、同じ精神と愛情で結ばれている宣教共同体です。
今でこそ、このような家族はごく自然に受け止められますが、200年前の当時としては、教区を超えて信徒、司祭、修道者といった多様な人びとが、同じ精神で生きる家庭的な宣教共同体を作り上げることは、正に革新的な出来事だったのです。

このような共同体を作り上げることを通して創立者は何を意図し、夢見ていたのでしょうか。恐らくそれは、誰一人例外なくすべての人をその懐に迎え入れる本来あるべき教会の姿、マリアがそのモデルである真の教会の実現であったに違いありません。
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