私の召命物語(2) 

 不思議と偶然が重なって

私のマリアニストへの召命は不思議と言えば不思議、偶然と言えば偶然です。
しかし、今、振り返ってみると、すべては神様のご計画の中にあったと確信しています。

私はベトナム出身で、都会で生まれましたが、田舎で育てられました。
聖母月に生まれて、その月に洗礼を受けました。私が住んでいた村は全員、カトリック信者です。
毎日、教会に行くことは人びとの生活の大切な部分を占めていました。
ミサは一日に2回あり、早朝と夕方です。人びとの一日はミサで始まり、ミサで終わるというような
ことです。このような環境の中で育てられた私は自然に神様に自分の生涯を捧げ、
修道生活を通して、人びとに奉仕したいと考えるようになりました。
自然のままに自分の修道生活への召命がスタートしたように感じます。

しかし、神様の呼びかけを感じていても、すぐには従うことができませんでした。なぜなら、私が18歳の時、政治的・経済的な事情で愛すべき故郷を離れて、知らない地の日本に行くことになったからでした。日本語は全く分からなかったけれど、何の心配もしませんでした。いいえ、心配することを知らなかった若い人の特徴と言った方がいいかもしれません。今、考えると私は心配しませんでしたが、両親はいろいろ心配していたでしょうと思います。

日本に来て一週間後、難民のための定住促進センターに入り、日本語を勉強し始めました。そのセンターは大和にありました。
センターに行った日は忘れることができない日となっています。なぜなら、その日は、私のマリアニストへの召命が始まったからです。

小田急線の南林間駅からタクシーに乗りました。センター前の道は細かったので、車が入ることができませんでした。
そのため、タクシーはちょっと離れた所に止まりました。
タクシーから降りて、真っ先に目に入ったのは、マリア様のご像でした。その時の喜びはなんと表現したらいいか分かりません。センターに行く前に心配事がありました。それは、センターの近くに教会があるかどうかということでした。しかし、その心配はマリア様のご像を見た時、すっと消えてしまいました。なぜなら、マリア様がいらっしゃるところにはカトリックの教会があるという確信をもっていたからです。
神様は私の確信を裏切りませんでした。センターから歩いて7分ほどの所にちゃんと教会を用意してくださいましたから。
そのお陰で、妹と私は毎朝、ミサにあずかることができました。

大和教会でマリアニストのK神父様とT神父様に出会いました。
このように、マリア様が少しずつ、私をマリアニスト家族に導いてくださいました。日本に来て、初めて見たマリア様のご像は大和修道院の庭にあるものでした。タクシーから降りて、マリア様のご像を見た瞬間が私のマリアニストへの道の第一歩だと信じています。
なぜなら、その後、大和修道院のシスター方と仲良くなって、センターを出て働いていた3年の間もシスター方と連絡を取り、ついにマリアニストの修道会に入ったのです。

マリアニストのシスターとして全生涯を神様にささげ、
マリア様を通してよりイエス・キリストに似た者となり、神様の愛を
人びとに伝えていくことができたらと常に願っています。
シスター レー・ティ・ホアン・オアン

センターでは子どもたちの
お世話をしていました


志願者として


終生誓願式

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