[音楽] Undo アルバム・「ヴェスパタイン」に収録…歌・ビョーク
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紹介文
自分の力ではどうすることもできない、いくら知識を身につけても、解決しえないこと、を、目の前に、落ち込んだり、怒りを感じたりすることは、誰にでもあると思います。
どうしていのちあるものは死んでしまうのだろう、どうして私とあの人はわかりあえないのだろう、なぜ私がこんな病気になってしまったんだろう、なぜ私が苦しまなくてはならないのだろう、私が何をしたというのだろう…。 |
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私たちの周りには、「こたえようのない問い」がいっぱいです。その問いに直面して、ある人は何をしても空に向かって叫んでいるかのような空しさを感じ、ある人はどこにも向けようのない怒りを感じるでしょう。
ビョークは、「こたえようのない問い」を前にした人たちに、“争う必要などないわ 苦しい闘いである必要なんかないのよ”と、優しく、なだめるように歌います。“無理をしすぎているわ 降参してしまえばいい”と、まるで子どもが懸命に歌うように大きく息を吸い込み、今言葉が生まれて、口の中で光が弾けるように、歌います。
「なぜ私が」という問いは、すべての人間的な価値観、今までよく知っていた秩序をまるごと失わせます。人は悲しみや痛みがごちゃまぜになった状況をどうにかしてほどいて、癒されたい、と願うけれど、何も動かず、自分の周りにはただ重苦しい沈黙がたちこめていると感じる時には、その重さに圧倒され、無力さを思い知らされるばかりです。
この、「Undo」という歌でビョークは、うちひしがれた人々と、自分の力ではどうしようもないことがある、理解しえないことがあることを認めようよ、あなたがそのことで苦しむ必要はないのよ、と、ひそやかに、けれど一途に「分かち合う」かのように、繰り返し歌います。“私は祈りを捧げるの
寛容になれるように 優しきものたちと分かち合うために…”。
最後の方では“undo,undo(ほどいて)”と息を吐き出すように繰り返され、聴いている自分自身の「うちなる声」も、その声にあわせるように、歌っていることに気付くのです。
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